2023.12.14

特集

①【泉穴師神社】鎮座から1350年。神社の魅力と御神木

銘木総研 編集部
銘木総研 編集部

【泉穴師神社・穴師の森プロジェクト】

鎮座から1350年、歴史ある泉穴師神社の境内にあったひときわ大きな御神木が、台風によって根こそぎ倒木しました。この御神木の姿と「穴師の森をさらに後世まで残していきたい」という第四十七代宮司の想いをうけて「穴師の森プロジェクト」が立ち上がりました。
倒木した樹齢600年の御神木と鎮守の森のストーリーを未来へ紡ぐ

目次

夫婦二柱の神様が御祭神。泉穴師神社のいわれ

泉大津市立穴師小学校横の石造りの鳥居をくぐり、5分ほど直線に進むと見えてくる「泉穴師神社」。遠くからでも一目でわかるほどの背の高い木々は、神社のシンボルともいえる「穴師の森」の楠の大木群です。    

泉穴師神社は、和泉五社のうちの1つであり、和泉国の二の宮です。和泉五社とは、和泉国の代表的な5つの神社のことで、泉穴師神社の他に、大鳥神社、聖神社、積川神社、日根神社が制定されています。

泉穴師神社拝殿

創建は、672年(白鳳元)年と伝えられています。古くは「安那志社(『延喜式』巻11「玄蕃寮」より)」という表記や「穴師大明神(『和泉名所図絵』より)」という呼ばれ方もあったようですが、現在は「泉穴師神社」という社名で定着しています。

この「穴師」の名は、諸説ありますが、泉州の土木技術の集団であり、池や溝の工事の専門家である「穴師氏」が由来だと考えられています。また、「穴師」は古語の「あなじ」もしくは「あなぜ」と呼ばれており、戌亥から吹く風、現在の北西の風という意味もあります。北西風はこの地域では浜風にあたり、関西の船乗りからはこの風が吹くと海が荒れると恐れられていたそうですから、それが神様を連想させ「あなし」と名付けられたのかもしれません。

御祭神は、「天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)」と「栲幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)」です。天忍穂耳尊は天照大御神のお子で、立派に育った稲穂をたたえる農業の神様として信仰されています。一方で、栲幡千々姫命は紡織の神様です。紡織とは、糸をつむいで布を織ること、つまり、織物に関係した神様ということになります。また、二柱は夫婦ということもあり、「恋愛成就・夫婦和合・良縁祈願」のご利益があるといわれています。 

夫婦の神様(天忍穂耳尊・栲幡千々姫命)を象徴する2つの鳥居 

また、天忍穂耳尊は「正勝吾勝々速日(まさかつあかつかちはやひ)天之忍穂耳命」という神名で「勝」という字が多く含まれていることから「戦勝祈願」のご利益があると信じられているほか、幼児虫封じの霊験があるともいわれています。「虫封じ」とは、幼児の疳(かん)の虫やひきつけのほか、いろいろな病気悪癖を封じること。祈祷を希望する際は、地元の神社で小豆粒ぐらいの小石12個を社務所にもっていくと申し込みができるそうです。

泉穴師神社に伝わる貴重な宝物(ほうもつ)

泉穴師神社には、文化財として国指定のものが4点、大阪府指定のものが2点、泉大津市指定のものが2点あります。

本殿は1273(文永10)年の鎌倉時代に造営されましたが、1602(慶長7)年に大がかりな解体修理が行われました。そのため、現在の本殿は江戸時代初期のもので、摂社の住吉神社本殿も同じく慶長7年に修繕されたものです。

この時代は、豊臣秀頼の命で主要建物に再建・修繕が及んだ年であり、現在の社殿構成はこのときに形成されました。そのため、本殿の棟札には、秀頼と修善を命じられた片桐東市正且元の花押が残されています。また、摂社の住吉神社本殿は境内で最も古い建築様式となっており、室町時代の特徴が色濃く残されています。

社殿には、83体の神像がありますが、そのうち80体が国指定の文化財です。神像のほとんどが平安時代後期から鎌倉時代に制作されたもので、この時期の神像がまとまって残されているというのは大変貴重であり、1つの神社で所蔵している重要文化財の神像数は、京都府の大将軍八神社と並んで最多となっています。

神像は、「天忍穂耳命坐像」が1体、「栲幡千々姫命坐像」が1体、「男神坐像」が1体、「女神坐像」が5体、「男女の神像」が75体となっており、いずれもヒノキの一木造で制作されています。そんな神像ですが、2019(令和元)年に修理が行われ、約4年の期間を経て完了しました。2024年には、修理完成記念として京都国立博物館にて展示されます。 

栲幡千千姫命像(左)と天忍穂耳尊像(右)

また、境内には楠木正成が奉納したといわれる石灯籠もあります。言い伝えでは、1331(元弘元)年に正成が兵を挙げた際に、領内の摂津・河内・和泉の大社に「武運長久」を祈って献納したものだとされています。楠木正成といえば、大阪府では「楠公(なんこう)さん」と呼ばれ、親しまれている人物。泉穴師神社の森に最も多く生息しているのもクスノキですから、何か不思議なご縁を感じてしまいますね。

「災害遺産」として残されている御神木

泉穴師神社には、代表的なある「クスノキ」があります。現在は「自然災害遺産」として残されている御神木。この御神木は、平成30年の台風21号による強風で倒木した大木で、現在もそのままの形で穴師の森に残されています。

自然災害遺産として残されている泉穴師神社のご神木

泉大津地域では、はるか昔から災害の被害が記録されており、地震や津波、台風・大風雨による家屋の倒壊や農作物への被害が書物に数多く残されてきました。戦後の1950(昭和25)年のジェーン台風では、大阪市西部地域をはじめ泉北郡や堺市などの海岸地域が高潮におそわれ、全壊および半壊した家屋や、床上床下浸水が数千単位で被害があったことが記録されています。また、11年後の1961(昭和36)年の第2室戸台風では、大風により泉大津市の学校校舎の大屋根が崩落する被害もありました。その後も自然災害は何度も泉大津市を襲い、そのたびに町の人々は災害を乗り越えてきました。

2018(平成30)年の台風21号も、泉大津地域に大きな被害をもたらした台風のうちの1つでした。8月28日に南鳥島近海で発生した台風21号は、強い勢力のまま9月4日12時頃徳島県南部に上陸し、同日14時前には兵庫県神戸市付近に再び上陸。速度を上げながら近畿地方を縦断し、日本海を北上して温帯低気圧に変わりました。この台風で、4日には暴風を伴った大雨となり、大阪府内では自動車の横転や高層ビルの破損、住家被害等が多数発生したようです。

泉大津市も13時48分に大阪府下最強の最大瞬間風速61.1m/s(13時48分、泉大津市消防本部)を観測し、市内各所に甚大な被害をもたらしました。その被害は穴師の森も例外ではなく、多くの木々が倒れてしまったため、台風通過後は多くの市民の協力を得ながら、清掃作業を行うことになりました。倒木した木の中には、樹齢600年の御神木もありました。 

倒木したご神木のクスノキの根の部分。

当初、宮司はこの御神木を「どう処分するべきか」を考えていたといいます。しかし、あるとき泉大津出身の人物から「これは何らかの形で残したほうがいい」という一言があったことをきっかけに、宮司にある考えが生まれていきました。

「私たちが生まれるずっと昔からこの神社を見守ってくださっているこの御神木を、本当に撤去してもよいものなのか?」

「日本全国各地が毎年のように自然災害の被害を受けているが、その記憶はどうしても薄れてしまっているように思う。今後の教訓として活かすためにも、このままの状態で維持し多くの方々に見ていただいた方がよいのではないか」

そこから、氏子である各役員と泉大津市長を交えた話し合いを重ね、自然災害遺産として御神木を残すことになりました。保存するのための資金はクラウドファンディングで募り、結果として50万円の目標をはるかに超えた約150万円の支援金が集まりました。その資金で御神木の周りを整備し、傍には台風21号による被害を伝える石碑が作られました。

こうして、廃棄されるはずだった御神木は「遺産」として境内に残り、災害の教訓を後世へと伝えていく存在となったのです。

現在は倒木した幹の部分から、蘖(ひこばえ)が生えている。

※【蘖(ひこばえ)】樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のこと。太い幹に対して、孫(ひこ)に見立てて「ひこばえ(孫生え)」という。

②【レポート前編】泉穴師神社に伝わる祭礼「飯之山神事」とだんじり祭り に続く



【泉穴師神社・穴師の森プロジェクト】
~倒木した樹齢600年の御神木と、鎮守の森のストーリーを未来へ紡ぐ~

泉穴師神社へのアクセス

【電車・徒歩の場合】
 南海本線泉大津駅下車、東へ約1.5km、JR和泉府中駅下車、西へ約1km
【車の場合】
 国道26号線、阪和豊中交差点を(堺方面から来た場合)右折、2つ目の信号を左折

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この記事を書いた人

銘木総研 編集部
銘木総研 編集部

地域の人々によって大切に守られ語り継がれてきた「名木と伝承」にフォーカス。伝承とともに人々の生き方に寄り添ってきた名木が持つ史実やいわれを調査研究し、伝統文化・歴史の継承、名木の利活用につながるご提案とその実践を行っています。

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