2024.03.05

木のコト

浄福寺のクロガネモチ

銘木総研 編集部
銘木総研 編集部

名木伝承データベース / 基本情報

  • 名称:浄福寺のクロガネモチ

  • 樹種:クロガネモチ

  • 状態:生存

  • 樹齢:不明

  • 樹高:9m

  • 幹周り:3.95m

  • 保護・指定:無

  • 所在地:京都府京都市上京区浄福寺通一条上る笹屋町2

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 京都市上京区の浄福寺にあるご神木のクロガネモチには「天明の大火の折、天狗が飛来し、木の上から巨大な団扇であおぎ火を消した」という伝承が残っています。この天狗は、義経に兵法を授けた伝説で有名な鞍馬山に住む天狗だといわれています。天狗は人にいたずらするイメージのある存在ですが、江戸時代になると災厄から守る神仏の一種として考えるようになっていきます。また、この大火事では不思議な力やものの影響で「人の命を救った」「建物が残った」などの伝承が生まれていきました。樹木と災害を繋ぐ物語が生まれたのはどうしてなのか、今回紐解いてみました。 

浄福寺のご神木 

 「浄福寺」は京都市上京区にある浄土宗のお寺です。創建の伝説は諸説あり、詳細ははっきりしていません。延暦年間(782-806)に、桓武天皇の勅を受けた興福寺の学僧がお堂を建立したといわれている他に、「類聚三代格」には中宮班子が寛平8年(896)に建立したという記載もあるようです。かつては、京都二十五大寺の1つに数えられていました。何度か移転をしており、現在の場所となったのは、元和元年(1615)の江戸時代初期だといわれています。そんな浄福寺でご神木とされているのが、今回ご紹介するクロガネモチです。赤門をくぐると右手にある「護法大権現」の傍らにあります。中は空洞となっていますが、樹皮で養分を運んでいるようで、元気に葉を茂らせています。 

 そして、このご神木にはある伝承が言い伝えられています。それは、天明8年(1788)の京都の中心で起こった火事にまつわるもので、後に「天明の大火」と呼ばれたこの大火事は、京都の80%を焼き尽くしたといわれています。火は西陣の方にも迫り浄福寺にも危険が及びましたが、それを止めたのは鞍馬から舞い降りてきた天狗でした。天狗がこの木の上から巨大な団扇で扇いで赤門の手前まで迫った火を防いだことで、塔頭は全焼しながらも本坊は無事残ったという伝説が残っています。この出来事から「護法大権現」では、伝承に登場した天狗をお祀りしています。 

浄福寺を救った鞍馬山の天狗

 浄福寺を救った天狗は、一説には鞍馬山からやってきたともいわれているようです。鞍馬山の天狗伝説で最も有名なのは、義経(牛若丸)との伝説ではないでしょうか。義経は7歳頃に鞍馬寺に入山し、16歳で奥州平泉に下ったといわれていますが、昼間は仏道修行を行っていた一方で、夜は僧正ガ谷で天狗に兵法を授けられたとされています。 

 天狗は平安時代になって登場し、もともと僧の活動を妨害する魔物のような存在でした。しかし、後年では山岳で修行する山伏や修験とイメージが重なっていき、修験道の聖地では「魔除けの神」として祀る事例もでてきます。そして、江戸時代になると「鞍馬山魔王大僧正」と記したお札も頒布され、人々は災厄から守る神仏の一種として考えるようになっていくのです。また、天狗の団扇には火や風を自在に操る力があるとされているため、このことも伝承に繋がったのだと推測できます。 

甚大な被害を出した「天明の大火」

 天明の大火は、正月晦日の朝5時頃に鴨川の東の団栗辻子から出火し、およそ2日間にわたって燃え続けた大火事でした。東が鴨川、西が千本通、南が六条通、北が鞍馬口通の範囲まで広がったといわれています。鴨川の東に関しては、鴨川沿いの四条通より南から五条通あたりまでと、二条新地から三条通より北の一帯も焼失しています。被害が拡大した原因は、鴨川を越えた火が強風に煽られたこと、そして、何度も風向きが変化したことでした。 

 この大火事は、「京都三大大火」と称される「宝永の大火」「元治の大火」の中でも最大級の被害で、死者は150人(一説には1800人)、焼失家数に関しては、約3万7000軒と記録されています。この被害は、寺社も例外ではありませんでした。寺院は201か所、神社は37か所の被害を受け、この大火事で焼失してしまったものも少なくありませんでした。 

大火事から生まれたそれぞれの伝説

 ここで興味深いのが、天明の大火から生まれた言い伝えです。古くから樹木が火を防ぐという話はたくさんありましたが、特にこの大火事では、浄福寺のご神木以外にも、様々な防火に関する木の伝説が生まれています。例えば、本能寺境内にあるイチョウには、水を吹いて火を消し、木の下に逃げ場を失って身を寄せていた人々を救ったという言い伝えが残っています。同じく、西本願寺の境内にあるイチョウも水を吹き、御影堂を守ったとされています。 

 イチョウは、他の植物と比べ葉に水分がたくさん含まれていることから、現在でも防火のために街路樹で植えられていることが多い樹種です。ただ、イチョウの防火力が最も高いのは枝葉が十分に生長し水分が豊富な夏なので、葉が落葉してしまう冬に起こっているこの火事で効果を発揮できたのかは不明ですが、いずれにしてもこのような伝説が生まれるほどに、当時の人々の心の支えになっていたことは間違いないでしょう。一方、クロガネモチもイチョウと同じように葉に水分が多いことから防火樹として知られているので、同じように火を防いだ伝承があるのも納得できます。 

 また、着目したいのは、それぞれの伝説が発生した位置関係です。現在の地図と照らし合わせると、このようになります【下図】。 

 それぞれ、火災地域の最端に位置しており、浄福寺は西、西本願寺は南、本能寺は東にあることがわかります。そして、伝承の内容と位置関係をみると、出火場所に近い本能寺は「人」に対する伝承である一方で、出火場所から離れた場所であり火の手が収まっている地点に近い浄福寺や西本願寺は「建物」に関連した伝承となっています。当時、京都の市街地はほとんど焼け野原になっていましたから、馴染み深い建造物や樹木が残っていることを知った当時の人々の希望は計り知れなかったでしょう。その感動が建造物と樹木を紐づける伝承として、現在でも残っているのかもしれません。 

【参考文献】 
・『古寺巡礼京都14鞍馬寺新版』 
・平凡社『京都・山城寺院神社大辞典』 
・京を語る会『京の火事物語』 
・大邑潤三『京都の災害をめぐる』 

名木への道MAP

所在地:京都府京都市上京区浄福寺通一条上る笹屋町2
阪急電車「四条河原町」から市バスで「今出川浄福寺」下車後、徒歩3分

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この記事を書いた人

銘木総研 編集部
銘木総研 編集部

地域の人々によって大切に守られ語り継がれてきた「名木と伝承」にフォーカス。伝承とともに人々の生き方に寄り添ってきた名木が持つ史実やいわれを調査研究し、伝統文化・歴史の継承、名木の利活用につながるご提案とその実践を行っています。

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