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2024.05.30

木のコト

杉案内人・高桑進先生の「杉スギる話」~スギ人工林の現状と課題

高桑 進
高桑 進

目次

戦後の拡大造林政策と燃料革命

図❶木材価格の推移

 1945~1955(昭和20~30)年代には、第二次大戦後の復興に伴う新しい家屋の建築等のため大量の木材需要が発生しましたが、戦争中の乱伐や自然災害などの理由で供給が追いつかず木材不足となりました。そのため、造林が急務となり、政府はその対策として「拡大造林政策」を実施しました。「拡大造林」とは「広葉樹からなる天然林を伐採した跡地や原野などを、針葉樹中心の人工林に置き換えること」です。伐採跡地はもちろん、里山の雑木林や奥山の天然林なども伐採して、代わりにスギやヒノキ、カラマツなど成長が早くて経済的に価値の高い針葉樹の人工林に置き換える政策です。

 「木材は今後も必要な資源であり、日本経済成長にも貢献する」と政府は考えたわけです。木材の生産力を飛躍的に伸ばして木材を大量確保するため、この拡大造林政策は継続して何年間も推し進められました。
 戦後しばらく、家庭で使われる燃料は木炭や薪、石炭中心でしたが、1960年代に入ると、燃料の主役であった石炭が石油や天然ガスに大幅に取って代わられました。いわゆる「燃料(エネルギー)革命」です。この燃料革命により木材はもはやエネルギー源としては時代に適さなくなってしまったのです。

 そこで、里山の雑木林などの天然林の価値が薄れたため広葉樹は伐採されて、建築用材等経済的な価値が高いスギやヒノキの針葉樹に置き換える拡大造林が進められました。スギやヒノキの木材価格は国内需要の急激な増加により急騰し、「木を植えることは銀行に貯金することよりも価値がある」などと言われて造林ブームが起こりました。

 この造林ブームは全国的に広がり、国有林や私有林を含め、わずか15~20年の間に現在の人工林の総面積約1000万haのうちの約400万haが造林されました。しかし、利用できる木材を収穫するには植林後伐採するまで適切な山林の管理が必要で、最低でも20年から50年もかかることを忘れていました。その間に世界情勢は大きく変化したわけです。

木材の自由化で日本林業は衰退

 この燃料革命と同時期に、木材の需要を賄うべく木材輸入が段階的に始められて、1964(昭和39)年には完全自由化されました。国産材の価格が高騰する中で、外国産の木材(外材)の輸入が本格的にスタート。外材は国産材と比べて安く、かつ大量に一度にまとまった量を供給できるため、需要が高まり、輸入量が年々増大。1973(昭和48)年代後半には変動相場制となり、1ドル360円の時代は終わります。その後円安が進み、海外製品がますます入手するのが容易となります。

 これらの要因から、右頁図❶に示したように、昭和55年代をピークに国産材の価格は低下し続けて、日本の林業経営は苦しくなっていきます。前述しましたが、人工林から材を伐採して利用するためには植林後最低20年以上は必要であり、急激な国内需要には応えられなかったわけです。
 昭和30年代には木材自給率が90%以上であったものが、現在では20~30%にまで落ち込んでいます。わが国は国土面積の67%が森林で占められている世界有数の森林大国でありながら、供給されている木材の65%は外国からの輸入に依存しているという極めて歪な現状となっています(図❷参照)。

図❷日本の木材自給率と需要(供給)量の推移〜用材部門


 一方、国内の拡大造林政策はこのような国際情勢の変化に対応して見直されることなく続けられました。1996(平成8)年にようやく終止符が打たれましたが、木材輸入の自由化と外材需要の増大の影響を受けて、膨大な人工林と借金が残されました。

 間伐をはじめとする長年にわたる森林整備をした後で主伐(収穫のための伐採)を行なっても安い外材に対しては採算が取れず、赤字になることが増えてきました。その結果、林業経営者の意欲は低下し、林業以外に目立った産業のない山村地域では林業の衰退とともに若者は雇用を求めて都市へと出てゆきました。 山村の人口が低下するにつれ、限界集落が増えることで地域の活力も低下し、林業経営の後継者不足とそれに伴う林業就業者の高齢化が始まりました(図❸参照)。1955(昭和30)年に約52万人もいた林業従事者数は、60年後の2015(平成27)年には約10分の1(4.5万人)にまで激減しました。その後林業従事者数は長期的な減少傾向で横ばいとなり、2020(令和2)年には4万4千人となっています(図❸参照)。

 いうまでもなく、収益の上がる林業経営活動を今後も継続させていくには、65歳以上の高齢者が主な就業者とはなり得ないことは明らかです。これからは施業を担うことのできる高度な専門技術を持った若い林業従事者の確保・育成が必要であり、そのための専門学校や林業労働力の確保には定住化による山村の活性化が不可欠です。

 適切な利用がされないまま放置されている人工林では、台風や近年頻発する線状降水帯を伴う集中豪雨などにより、大規模な山崩れ、土砂災害を引き起こし住宅地などが直撃することが多くなってきました。
 2018(平成30)年9月4日には、台風21号が来襲し、京都市内で観測史上第2位となる瞬間最大風速39.4mを記録しました。これにより南側に開けた谷合地形や南向き斜面に植えられたスギ、ヒノキの人工林を中心に252haにも及ぶ大規模な風倒木被害が発生しました。京都市内の東山国有林内の被害地を現地で観察しましたが、被害地は木の下枝が枯れ、幹の細いスギが密植されて、根の広がりの小さい人工林がほとんどでした。放置されていた国有林内のスギ人工林が何百メートルにも渡り、谷間に沿って一方向に薙ぎ倒されていた現場には驚かされました。

 すなわち、適切な管理がされずに植林されたまま放置されてきた人工林のスギが風倒木被害を受けたわけです。同様な台風や集中豪雨により発生した土砂災害被災地のニュースを調べると、間伐されずに長年放置されてきた根張りが弱いスギ人工林が薙ぎ倒されてそれらが豪雨により斜面から流されて住宅地を襲うことがしばしば見られます。
 現在、日本列島は「森林飽和」と呼ばれるほどに森林や人工林で覆われているにも関わらず、人工林は十分な手入れがなされず荒廃が目立つようになっています。

 戦後の拡大造林政策によって生み出された多くの人工林が、今や樹齢50年を過ぎ、収穫(主伐)すべき時期を迎えているにもかかわらず、伐採されないで放置されていることが全国各地で見られます。
 植林後にそれを間伐しながら長期に渡り育て上げて、伐採して利益を上げなければ林業のサイクルは回らない。このサイクルを円滑に回すには今こそ収穫した国産材を積極的に利用するための需要を高めて、その収益を伐採後の山に還元する必要があります。 現在、日本の森林資源である人工林は膨大で、有効活用されずに残されてまさに「森林飽和」になっています。

図❸林業従事者と高齢者比率の推移

国産材利用の現状と将来

 日本の木材利用量は、外国からの木材輸入の自由化以後減少気味でしたが、2002(平成14)年ごろから増加傾向が見られるようになりました。
 木材自給率も上昇傾向で推移しています。国産材の利用拡大の要因は、技術開発や大型の製材工場や合板工場等の整備、2012(平成24)年に始まった再生可能エネルギーによる電力の固定価格買取制度(FIT制度)の導入等が挙げられます。

欧米並みの新しい集成材(CLT/クロスラミネーテッドティンバーの略)の利用
写真:wolfdale/PIXTA(ピクスタ)


 ひき板を繊維方向が直行するように積層接着したパネルをCLT(直交集成板)と呼びますが、CLTは欧米を中心にマンションや商業施設などの壁や床材として普及しています。わが国でも国産CLTを活用した中高層の建築物の木造化など新たな木材需要の新規用途の開拓が必要です。
 岡山県真庭市では2018(平成30)年に4校の統廃合で新しい小学校を建設しましたが、その半分はCLTを利用。また市内にはCLTを使ったホテルも建設されています。

 また、横浜市では2022(令和4)年、高さ約44m、11階建ての「純木造高層ビル」を建設。免震技術を用いて高耐久性を持つ外装を施し、木造が抱える弱点を克服した建築物(大林組の研修・宿泊施設)が完成しました。さらに2026(令和8)年、東京都中央区に18階建ての木造賃貸オフィスビルも竣工予定。
 最近では全国各地にCLTを利用した公共施設、幼稚園、ビルをはじめ様々な建築物が次々と建設され、従来の木材にも負けない性質を有する新開発のCLTを使用した、このような木造建築物の増加も今後の木材利用の道を開いてゆくと思われます。(了)

本記事は、
~日本の名木と伝承を明日に紡ぐ~
銘木総研の広報誌「木魂ッ子」vol.
22/23
にも掲載されています!

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この記事を書いた人

高桑 進
高桑 進

京都女子大学名誉教授(微生物学・環境教育)、龍谷大学里山学研究センター研究員、日本鳥類保護連盟京都支部長他。著書に『京都北山京女の森』(ナカニシヤ出版、2002年)、『森里川湖のくらしと環境-琵琶湖水域圏から観る里山学の展望-』(共著、晃洋書房、2020年)などがある。令和4年度環境大臣賞受賞。

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